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勉強も現場で働き始めてからも大変だった看護師は年収400万円


今回は「勉強も現場で働き始めてからも大変だった看護師は年収400万円」というタイトルで就職して良かった職種と、その職種の年収について教えてもらいました。


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私が看護師になろうと思ったきっかっけ

30代後半女性。

私は高校生のとき、身内の病気をきっかけに看護師になりたいと思うようになりました。

なぜかというと、目の前で大事な人が熱を出して寝込んでいるのに、何をすればよいか全くわからなかったからです。

いまであれば簡単にわかること、先を読んでできること、落ち着いていろんな対処や判断ができますが、高校生の時の私にはまるでわからず、インターネットもなかったので、「何かしてあげたい」という気持ちは強いのに、何もできないもどかしさが悔しくて「大事な人を自分の手で看病できるようになりたい」と思いました。

当時の担任の先生は奥さんが看護師だったため「看護師は大変な職業だからお前は作業療法士になってはどうか、適していると思うぞ」と言われました。

ですが、作業療法士では私の目指す「大事な人を自分の手で看病する、治す」ということは出来ないと思い、看護学校に進学しました。

さまざまな命の現場を経験し感じたこと

看護学校では実習がとても大変で、レポートや実習記録に追われ、睡眠不足の日々でしたが無事に看護師免許をとることができました。

私の周りは高卒で就職する人が多かったので、自分のお金で旅行したりしている友人を見るととてもうらやましかったのですが、夜勤をするようになると20代前半で月収は28万円程度、ボーナスを合わせると年収は400万程度と、年齢の割にはもらえていたと思います。

その時は精神科の病院で、夜勤専従の看護師はアルバイトで1泊三万円ほどもらっていました。

精神科に三年間勤務の後、やはり全身管理ができるようになるという目標のために大学病院を受け、再就職しました。

そこでは同じ病院内でも救命救急を希望していたのですが配属されたのは呼吸器内科・外科で主に肺癌の人を多くケアする病棟でした。

生きるか死ぬか、急性期の現場を目指していたのですが、呼吸器でもまた違った命の現場を経験し、急性期から周手術期、ターミナル、緩和医療、急変などたくさんの場面を経験しました。

命を繋ぐためにありとあらゆるものが複雑にからみあっていて、頭がパンクしそうなくらいの勉強をしないと怖くて出勤できない、そのくらい最初の一年は大変でした。

ですが、そのおかげで自然と体の中のことが総合的に、落ち着いて理解できるようになりました。

大事な人を自分で看病するという最初の目標が達成できた

看護師という仕事柄、職場を離れていても誰か困っているときにはスッと手を差し伸べることができます。

相手が子供だろうと老人だろうと、「どうされましたか?」そう迷わずに言えるのはこの職業だからこそ、と感じることがあります。

また、自分が子供をもつようになって熱を出したときなど、やはり看病するときに冷静な判断と的確なケアにより重症化させることがないということもあります。

これこそ、目標としていた「大事な人を自分で看病する」という最初の目標を達成したということになるのかもしれません。

また、育児がひと段落したときに再就職しやすいのも看護師のメリットの一つだと思います。

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