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セレクトショップのバイヤーはやりがいがあり収入も良かった!


今回は「セレクトショップのバイヤーはやりがいがあり収入も良かった!」というタイトルで就職して良かった職種と、その職種の年収について教えてもらいました。


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セレクトショップのバイヤーという仕事

50歳男性、飲食関係。

これまで就いた仕事の中で良い思い出として残っているのは30代で経験したセレクトショップのバイヤーです。

今ではすっかり有名になった東京の某セレクトショップの先駆けになったお店で、まだ当時はOEMや卸中心の事業を展開していた会社でした。

当時すでにセレクトショップブームにはなっていましたが、その会社もそれにならって店舗展開を始めたのです。

私は他の会社の販売職で店長をやっていましたが、友人の誘いがあり職場を移ることにしました。

スタッフは少数でしたがオープンするにあたり引き抜かれた大手セレクトのバイヤーもいて、私はそのサポート役という肩書き、そして私を含めてショップの販売スタッフが数名といった具合です。

会社自体はそれなりの規模でしたがその事業部は極めて小さい部署、いろいろ仕事を掛け持ちながらですしかなり大変でしたが、みんな新しいショップで意気込みがあったので常にやる気に満ちていた職場でした。

私は普段は店舗業務を管理していましたが、主任バイヤーと展示会に同行したり、年に数回は海外の仕入れにも行かせてもらいました。

社会に出る前に短期留学の経験があったので、片言ながら英語圏では多少通訳代わりにもなったようです。

一年目は売り上げが伸びなかったが…2年目の終わりに転機が…

一年目は残念ながら思うような売り上げに繋がらず、本社からは厳しい指摘が何度となく飛びましたが事実、売っていない私たちは言い訳もできずただじっとこらえる日々でした。

そんな低迷期から脱したのが2年目の終わりぐらいでしたか、雑誌で掲載されたバッグが突然大きな反響を呼んだのです。

売れたのは本社の倉庫に眠っていた生地を再利用したバッグ、言うなれば死んでいる在庫を生き返らせたわけです。

バイヤーと私が相談してデザインを決め、仲の良いスタイリストに撮影に使ってもらったのがきっかけですが、まさかあんなに売れるとは思いませんでした。

それが売れ始めてからというもの、他のアイテムも段々理解されるようになっていき、初年度とは別物のような売り上げを作ることができたのです。

もっとこだわった物を売りたい!そんな気持ちで独立することに…

しばらくお世話になったその職場を離れたのは自分でデザインしたアイテムだけのブランドを立ち上げたくなったからです。

予想より売れ過ぎて、何となく違和感があったのも否めませんね。

もっとこだわった物を売りたい、そんな一新で独立する方向に動きました。

結局はそれが思ったように軌道に乗らず、今は飲食の世界に身を置いているのですが、それでも当時のバイヤーとしての仕事はとても充実していて楽しかった気がします。

また幸い収入も結構良かったんですね。

特に売り上げが上がった時期はボーナスも今では有り得ないぐらいの額でした。

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